8月26日は宮澤賢治記念館に行きました。
あすから2日間、
花巻でポリテクセンターの講習を担当するため、
前乗りしたついでに足を伸ばしてみたものです。

 

特に興味があったわけではありませんが、
せっかくなので少し早めに到着して、
花巻の観光スポットをどこか見てみたいと思い、
軽い気持ちで検索してみたら、
評価が高くてお勧めのコメントもあったので、
出発前にここに行こうと決めました。

 

ですが、宮澤賢治。
実は何屋さんかさっぱりわかりません。

 

有名な童話のタイトルだけなら
いくつも知っていますし、小学生の頃、
学校の図書館で「注文の多い料理店」
を、借りたこともありますが、
それよりもなぜか、教科書に載っていた
「クラムボンはわらったよ」
という一節のある物語(やまなし)のほうが、
妙に印象が鮮明です。

 

賢治は花巻農学校の教師だったので、
専業の童話作家ではなさそうですが、
名前と作品だけは非常に有名だけど、
それ以外はいったい何者か、
まったくわからない、というのが、
私の宮澤賢治像でした。

 

そこで出発前にWikipediaを読んでみました。

 

意外だったのは、
賢治の家はお金持ちだったんですね。
初めて知りました。

 

お父さんは仏教に熱心で花巻仏教会を立ち上げ、
勉強会に高名な仏教家を呼ぶぐらいですから、
今でいえば著名講師のセミナー主催者ですよね。

 

その影響で賢治も仏教にハマってしまうのですが、
賢治がのめり込んだのは同じ仏教でも、
実家とは宗派違いでしかもなんとなく、
新興宗教っぽい雰囲気も感じなくない団体。

 

目的を持って調べないと
賢治と宗教という結びつきは
なかなか表には出てきませんが
記念館で資料をひとつひとつ見ていくと
嫌でもその事実を知らされます。

 

そこで浮かんだひとつの疑問。

 

賢治は地域の人々の目に
いったいどう映っていたんだろうか?

 

悪く言えば、地元の名士のお坊ちゃんで
宗教かぶれという見方もできなくないです。
そんな賢治は地元でどう見られていたんだろう。

 

個人的に浮かんだその疑問が
記念館では解決できず
多少の物足りなさと苛立ちを覚えましたが
展示品を見ているうちに
段々そういったことはどうでもよくなってきました。

 

何かに対してピュアな心があれば
それでいいじゃないか。
そう思えてきたからです。

 

そして賢治ワールドって
やっぱり独特だし
文体にも固有の世界観があるし
なにより、「この人、理系」
と思えてある種のオタク感に
好感を覚えたりしました。

 

(私はオタクな人が好きなんですw)

 

誰かがな何かに一途な気持ちって
結局それだけでいいんですよね。
記念館の展示物をじっくり見るうちに
ふと、そんな気になった
花巻のひとときでした。

 

宮沢賢司記念館_20180826_153754




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