昨日は鶴岡で研修のお仕事でした。
私はモーニングセミナーが大好きなので
泊りの県外出張でもタイミングが合えば
その地域のモーニングセミナー(以下MS)に
参加しようと思っているのですが
なかなか叶いません。

 

ですが、今回は曜日と場所で
参加可能なMSが運よく見つかり
研修の翌日に、酒田市みずほ倫理法人会の
モーニングセミナーに
参加することができました。

 

ですが、問題はその会場。
前日、地元の酒田の方に
会場の場所(南洲会館)を尋ねても
「自分は聞いたことがない」と言うんです。

 

MSと言えば、
地域の著名なホテルや会館等で
開催しているのが常なので、一瞬、
「え、、、地元の方も
知らないところでやっているの?」
と少々不安になりました^^

 

ですが、
スマホのナビで会場に到着して
恐る恐る扉を開けると
聞き覚えのある歌が聞こえてきて
それこそ(たとえは非常によくないですが(笑))
地獄で仏に会ったような?
非常に安心した気持ちになりました。
(本当にこんなたとえですみません・・・)

 

※倫理法人会のMSは全国どこでも
フォーマットが統一されているので
他の単会さんでも参加しやすいです。

 

*    *    *    *    *    *

 

さて、本日の講話者は男性ながら
会社員の傍ら、庄内刺し子で
ユニークな商品を制作し
スバルのユーザー誌や
家庭画報にも取り上げられて
コムサイズムからの提携依頼が来た
「刺し勇」こと小野寺勇一さん。

 

落語がお好きという言葉そのままに
リズムとスピード感のある洒脱なお話で
笑わせたりしんみりさせたり
あっという間の時間でした。

 

 

ですが、私にはここで突如、
強い疑問がムクムクと・・・

 

会場の南洲会館がある南洲神社は
NHK大河ドラマ「西郷どん」でいま話題の
西郷隆盛を祀った神社だというのです。

 

それを伺って「えっ?」と
すぐには納得しがたい私でした。
確かに会館内には西郷さんの肖像画があり
そうらしいことはわかるのですが
遠く離れた鹿児島の偉人である
西郷隆盛を祀る神社がなぜここ酒田に?

 

ですが、謎はやがて解けました。

 

酒田市みずほ倫理法人会の方のはからいで
今回の講師である小野寺勇一さんご夫妻と
(奥様もMSに参加されていました)
ゲストの私が直接、館長の水野貞吉様から
(公益社団法人荘内南洲会理事長)
展示品の説明などをしていただく
機会を得たのです。

 

小さな資料室に並べられている
現在の展示品は鹿児島から
送られてて来ているもので
12月までの展示と伺いましたが
それにしても西郷隆盛さんて
まるでプロの書家のように
字が達筆なんですね。

 

水野様からは、
直筆の書や実物の肌着の説明
そして数々のエピソードなどを
詳しくお聞きしました。

 

ですが、
私の疑問はまだ晴れません。
「なぜこの地に西郷さんを
祀った南洲神社があるの?」

 

※ちなみに「南洲」というのは
西郷隆盛の雅号で
直筆の書にはすべて南洲の押印があります。
ご本人自作の漢詩には「南洲」
他の人の詩や文章を書いたものには
「南洲書」と、分けてあるそうです。

 

*    *    *    *    *    *

 

さて、その疑問をお尋ねしてみた
水野館長のお話を要約すると以下です。
(私にはその話が一番面白かった!)

 

①庄内藩は戊辰戦争のときに奥羽越列藩同盟で
会津藩降伏後も最後まで唯一抵抗した藩だった

②庄内藩は薩摩藩邸を焼き討ちしている
(これは後で見た冊子では幕命とのこと)

③庄内藩は最終的に官軍に降伏したものの
それまでの経緯から戦後の沙汰は厳しいに違いない

④と、予想したにも関わらず新政府の処分は軽かった

⑤その判断を下したのが西郷隆盛と判明

⑥庄内藩は恩義に感じると共に西郷の度量に感服し
藩主自ら鹿児島に留学して指導を受けるなど
藩全体が西郷を師と仰ぐ敬意とあこがれが生まれ
その後、交流が始まる

⑦南洲神社はそのパイプ役となって
自身も西郷隆盛と兄弟のように交流を深めた
藩の役職者 菅実秀(すげさねひで)公と
西郷隆盛公の二人を合祀している

 

ということでした。

 

いやー、面白い。とても面白いですね。

 

要するに、敵方ではあったものの
庄内藩の人達は隆盛に惚れたんですね。
そして戊辰戦争後の藩の復興は
隆盛にぜひ指導を仰ぎたいと考えて
藩の若者を合計78名も
鹿児島に派遣(留学)させています。

 

庄内の地にそんな事実があったとは・・・

 

これはつまり、いまでいえば
たとえばジェイ・エイブラハムに薫陶するとか
稲盛氏を師と仰ぐ稲盛会や
著名コンサルタントの勉強会に人が集まるなど
そういった雰囲気に似ているかも。

 

いえ、決して
揶揄して言っているわけではなく
人が人に惚れるってそういうことだし
いつの世でもそれは人を突き動かし
十分現代にも通じる気持ちだと
思うんですよね(すごく共感)

 

たぶん、西郷隆盛と言う人は
そういった魅力にあふれた
人格者だったのだと思われます。

 

庄内藩の元殿様の酒井忠篤(ただずみ)公は
西郷などの推薦でドイツに兵法留学していますし
藩内では西郷の教えを学ぶ勉強会も始まり
西郷亡きあとは、酒井忠篤(ただずみ)公が
遺訓集の発起人のひとりとなりました。

 

ここから先は私見になりますが
そうやってできたのが庄内南洲会であり
南洲会館はきっと隆盛の教えを学ぶための
勉強会場だったのでは?と思いました。

 

庄内の地には、西郷隆盛を尊び
教えを伝承する気風があるんですね。

 

*    *    *    *    *    *

 

私は、今回驚いたことが
ふたつあるんです。

 

ひとつめは神社の立て看板が
鹿児島銀行の寄贈だったこと。

 

これはびっくりですよ。
鹿児島の銀行さんが遠い酒田にですよ?
東北人として、ありがたい
感謝の思いが湧き上がりました。

 

南洲神社の立て看板が鹿児島銀行寄贈_20181020_084600

 

そしてふと、
われらが七十七銀行(仙台本社)は
他県で宮城関係者の史跡を
サポートする活動を行っているのかなぁ?
などと思い馳せてみたり・・・

 

あと、もうひとつは
もう少し詳しく知りたいと思って
南洲会館で買った「徳の交わり」
というコミック解説誌が
鹿児島市教育委員会の企画だったこと。

 

そして鶴岡や酒田の
教育委員会も絡んでいる
半ば公的な冊子であったこと。

 

酒田南洲神社「徳の交わり」_20181022_143913

 

本当に恐縮ですが、こういった冊子は
思いが熱い人達の手弁当であることが多いので
冊子の後付けを拝見して、
これは教材なのだ、と知り
驚くと同時に、思いを新たにしました。

 

西郷さんは鹿児島県が官民一体 全県挙げて
応援している人物なんだ・・・って。
その歴史的経緯を酒田や鶴岡も
しっかりサポートしているんだなって。

 

これはつまり、 ジェイ・エイブラハムに大金を払って セミナーに参加する思いに似ているし 稲盛氏を師と仰ぐ稲盛会みたいな ものでしょうか。 いえ、決して揶揄して言っているわけではなく 人が人に惚れるってそういうことだし それは十分現代にも通じる気持ちだと 想うんですよね(すごく共感)

 

水野館長によれば、酒田の南洲神社は
地元よりも鹿児島の方で知名度が高いそうです。
調べてみると「南洲神社」は
全国に4か所あるんですね。

 

その本州唯一の神社ということで
私が訪れた日も、マイクロバスが1台来ていました。
歴史が特に好きというわけでもありませんが
先人の経緯には共感できることが多いです。

 

水野館長はあまり触れませんでしたが
冊子には酒田の豪商本間家の
介在を匂わす箇所もあり興味は尽きません。

 

今日は、色々な意味で
MSに参加してよかった!
と、心から思いました。

 

帰りにおみやげにいただたいた
「南洲翁遺訓」を
このあと目を通したいと思います。
(これってなんとなく
万人幸福の栞に雰囲気似ているかも?)

 

南洲翁遺訓_20181020_092055




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