そば処生そば「たかみ」_20200225_121604

2020年2月25日は思い出に残る1日でした。

予定は
・午前→八幡町で打合せ
・午後→デスクワーク
・夜→旧友達と食事会
なのですが、様々なものをたくさん見聞きして、色々なことを思ったので、今日1日の動きを時系列で書き留めたいと思います。

▼午前は八幡町で打合せ
このホームページを見てお問い合わせがあり、その後、研修のご依頼をいただいたお仕事先の担当者さんと、八幡町で打ち合わせをしてきました。会社は公益ビルという建物の中にあります。

仙台市青葉区八幡町「公益ビル」_20200225_101854

 

▼手打ち蕎麦 OTAFUKU(オタフク)がない!!
私はある取材がきっかけで「そば通」になりたいと思い始め、最近のランチタイムではなるべくおそばを食べるようにしています。
この日、打合せ終了後にGoogleマップで現地(八幡町)を検索し、「手打ち蕎麦 OTAFUKU」というお店に行ってみたいと思ったので、早速行ってみるとお店がありません!!!

旧手打ち蕎麦 OTAFUKU

 

▼手打ち蕎麦 OTAFUKU(オタフク)は移転していました
帰宅して調べてみると、オタフクは裁判所の近くに移転していました^^
Googleマップはユーザーの投稿で成り立っているお店地図でもあるので、早速Googleに情報更新の手続きをしましたよ。
そういえば、以前も河原町(新幹線下)のおそば屋さんの情報が古くて、行ってみたらそこにはもうすでに何もなかったことが・・・
ちなみにFacebookを見てみると昨年12月はまだ移転前だったようなので、移転されたのは今年(2020)に入ってからつい最近の出来事なのかもしれません😊
余談ですが、このお店が以前あった地域(八幡町)は道が狭くて急こう配でしかも一方通行が多い地区なので、運転していてもヒヤヒヤの連続で、個人的にはもう立ち入りたくないゾーンです(笑)

 

▼国分町の生そば「たかみ」に行きました
気を取り直して再度Googleマップで検索し、次に二日町にある生そば「たかみ」に行きました。住所は二日町ですが国分町通を北に向かった延長線上にあるこじんまりとしたお店です。
これもまた個人的な印象ですが、小さな店舗で古くからやっているお店のおそばは美味しいことが多いです。
もちろん中には、寒河江の「ひふみ」や山形の「一寸亭」のように、評判が高まって(または戦略がうまい?)人気店となり広い駐車場を併設しているお店もありますけどね。

そば処生そば「たかみ」_20200225_121604

 

▼生そば「たかみ」の店内は狭くトイレも外にあります
たかみの店内です。お店の中はけっこう狭くて、トイレもお店の外にありますが、キビキビと手際よく動くスタッフの方がとても気持ちいいです。

そば処生そば「たかみ」仙台・国分町_20200225_124027_297

 

▼今回は大もり(盛りそばの大盛)を注文
今回は大もり(もりそばの大盛)を頼みました。お腹が空いてたこともありますが、私はおそばの味にまだまだ鈍感なので、半分以上食べないとおそばの味や香りに気付かないんです😅
ところが食べ始めてから、隣のお客さんが「手打ち!」と頼んでいたのを耳にして、「えっ!そういうメニューもあったの?」と少々後悔💦
ホールスタッフ(配膳)の方にお尋ねしたところ、「手打ち」は日替わりのそば粉で二八の手打ち、「もりそば」はブレンドそば粉の機械打ちで二八以下の割合とのことでした。敢えて数字を言わなかったところを見ると、そば粉の割合は意外に低いのかもしれませんね。
道理で私のはそれほどそばの香りがしなかったのね。
ですが、こちらのおそばは私の大好きな食感(一番町「戸隠」に似ている)なので、次回はぜひ「手打ち」を食べてみたいと思います。(私・・・たぶん、そばもラーメンも「麺派」なんです^^)

仙台市・二日町そば処生そば「たかみ」_20200225_122636

 

▼村境榎稲荷大明神
今回車を停めた駐車場に隣接していて、駐車場からも行き来できるちびっこ広場に村境榎稲荷大明神という小さな神社がありました。

仙台市・二日町「村境榎稲荷大明神」_20200225_120702

 

▼村境榎稲荷大明神の由緒(石碑)を読んでみる
聞いたことがない名前の神社だったので、由緒と書かれた横の石碑を読んでみました。
あとから確認できるように光と影が邪魔にならない様意識しながら写真を撮ってみました(といってもスマホですが^^)
私に間違いがなければ書かれている碑文は以下です。

由緒
村境 榎稲荷大明神は
かっては、荒巻村小田原村の境にあって、祀られてあり、
仙台城下町が造成された時には、その入会の地となっており、
かっての村堺いであった証拠といわれ、その後、現仙台市庁舎の
東北隅に近く鎮座致し、昭和二十年七月戦災のため消失致しました。
御神体は、大きな榎の下にあり無事でした。
今般二日町五番のチビッコ広場に遷座致しました。
崇敬者一同

仙台市・二日町「村境榎稲荷大明神」由緒石碑_20200225_120720

 

▼灰皿は近隣スモーカーの憩いの場
石碑に書かれた由緒を読むと、この神社は仙台の城下町がつくられる前に、元々は荒巻村と小田原村の境界にあったようですが、その後、仙台市役所の近くに移設されて、戦災による消失で現地に遷座したという流れのようです。
伊達政宗がまちづくりをした当時の仙台は「荒巻村・小田原村・南目村・小泉村・根岸村」の五か村(いずれも今よりもかなり広範囲)が御城府となったそうです。
・・・ということを知る由もなく?(たぶん)、チビッコ広場に置かれた灰皿にはサラリーマンが三々五々集まっては散って行き、どうやらここは近隣喫煙者(スモーカー)がほっと一息で一服する憩いの場となっているようでした。
それにしても大明神と言う割には、こじんまりとした小さな祠ですよね。昔はもっと大きかったのでしょうか?

村境榎稲荷大明神_20200225_124520